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水戸家庭裁判所 昭和53年(家)965号 審判

申立人 村山ちえ子

主文

別紙記載の文書の趣旨による昭和三一年二月二九日付死因贈与に基づく執行者として鈴木洋太郎を選任する。

理由

一  申立ての趣旨及び実情

申立人は

本籍 水戸市○○町×丁目××××番地×

住所 同市同町×丁目×番××号

村山源之助

明治二八年五月二二日生

昭和五三年三月五日死亡

の作成に係る別紙記載の文書の趣旨を執行するべき執行者の選任を求め、その実情として次のとおり述べた。

1  右村山源之助は別紙記載の文書を作成し、その文書の内容に従つた約束を申立人になして同文書を申立人に交付した。

申立人は、右村山源之助の妻であり、昭和二六年一〇月五日同人と婚姻し、以来同居して同人の死亡まで肩書住所地において同棲し、同人が病気になつてからはその監護をし、いわゆる同人の死水をとつた。

2  右文書は昭和五三年九月二〇日水戸家庭裁判所から遺言書として検認をうけた。

3  しかるところ、右村山源之助は右文書の趣旨を執行するための執行者を指定しなかつた。

4  ところで、右文書の性質であるが、

(一)  遺言書として有効である。

右文書は全文村山源之助の自筆になるもので、その内容は同人の真意に基づくものである。民法九六八条は自筆証書遺言は全文、日附、氏名を自書し、これに押印することを要するものと規定しているが、右文書には同人の押印がないので、遺言書として無効のもののようであるが、全文が自書されその内容が同人の真意に出たものであれば、押印がなくとも民法九六八条の自筆遺言の規定の趣旨に則り、遺言として有効とすべきである。けだし、民法が遺言書の形式を厳格に規制しているのは、遺言者に慎重な態度で遺言をするように期待し、又同人の死後同人の意思が明確に争いなく把握できるようにしたためであるから、これが全文自筆であることが明確になつている以上、多少同法条の要件を緩和しても差支えないものというべく、殊に押印のごときは、第三者によつても自由になされ得るもので、たとい押印があつても、真実遺言者によつてなされたかどうかがその判定は極めて困難であり、従つて押印を絶対視することはできないからである。本件文書のごときは、全文が短かく、内容も簡明で一字の加除訂正も無く、一見して遺言者の真意に出たものであることが明瞭であるから、押印が無くても有効な自筆証書遺言というべきである。

(二)  仮りに、押印が無いから民法九六八条の要件に合致せず、従つて遺言として無効であると解しても、無効行為転換の法理により、死因贈与契約として有効であると思われる。文書によるものであるから、取消すことができない。

死因贈与契約の場合には、遺贈に関する規定に従うこととなるから、執行者の選任を求めることができる。

5  以上、遺贈か死因贈与か、そのいずれかの理由によつても差支えないから、別紙記載の文書の趣旨を執行するべき執行者の選任をされたく、本申立てに及ぶ。

二  当裁判所の判断

1  民法九六八条の自筆証書による遺言は、遺言者がその全文、日附及び氏名を自書しこれに印をおさなければならないこととされ、これらは遺言の要式行為として重要な要件とされているのである。

ところで、申立人提出の遺言書の形式体裁を見るに、右書面には遺言者の署名がなされているが、押印が無いことが明らかであつて、かかる遺言は特別事情のないかぎり前記の要件を欠くから、方式上無効といわなければならず、無効の遺言については執行者選任の必要をみない。

なお、全文及び氏名の自書があれば押印を欠いても遺言書として有効であるとの見解もあるが、我が国における法意識としては、署名よりもむしろ押印を重視する傾向が未だ強いことに鑑み、前記のような遺言書の要式性を緩和することは相当でないから、当裁判所は右主張に賛しない。

2  しかしながら、右遺言書なる書面の内容自体から判断すれば、申立人に対し遺言者たる亡村山源之助が自己の死亡を原因としてその財産及び会社の権利を贈与する意思を表示したいわゆる死因贈与の申込みと解され、而して申立人尋問の結果によれば、右書面には亡村山源之助の押印こそないが、全文及び日附署名は同人の自筆によるものであること、及び右死因贈与の申込みに対し当時これを申立人において受諾したことが一応認められるから、右死因贈与契約は当時成立したものということができる。

そして、死因贈与は民法五五四条により、遺贈に関する規定に従うこととされており、右諸規定には死因贈与としての法的性質上同法一〇〇四条、一〇〇五条など適用のないものがあるものの、遺言執行者の選任の規定を排除する合理的理由はないから、右規定は死因贈与の場合にも適用されるものと解し、鈴木洋太郎の意見を聴き、右同人をその執行者に選任するのを相当と認め、主文のとおり審判する次第である。

(家事審判官 渡辺桂二)

別紙〈省略〉

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